大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和61年(オ)495号 判決 1988年7月19日

上告人

田中儀男

右訴訟代理人弁護士

大川一夫

被上告人

株式会社

永和商会

右代表者代表取締役

水谷勝

右訴訟代理人弁護士

谷口稔

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人大川一夫の上告理由について

原審の確定した事実の概要は、次のとおりである。(一) 被上告人は、訴外角谷興企株式会社に対し、昭和五六年五月から同年一〇月分までの石油類等の売掛残代金債権として合計八一二万一四〇四円を有する。(二) 訴外角谷秀雄は、昭和五六年六月二五日ころ、被上告人に対して、右売掛残代金債務について、連帯保証した。(三) 角谷秀雄は、昭和五三年八月ころから同五六年九月ころまでに、上告人から合計一〇七六万円を借受けたが、同年一〇月角谷興企株式会社が倒産したので、同月二三日ころ、他の債権者を害することを知りながら、上告人との間で、右債務の担保として、第一審判決別紙物件目録記載の各土地及びその地上の建物(以下「本件土地建物」という。)につき代物弁済予約をした上、これを原因として、同日付けで、大阪法務局八尾出張所受付第二六〇五六号による所有権移転請求権仮登記手続をし、更に、同五七年三月ころ、本件土地建物につき譲渡担保契約を締結した上、これを原因として、同月一〇日付けで、同法務局同出張所受付第五四一八号による所有権移転登記手続をした。(四) 本件土地建物につき、本件代物弁済予約当時、(1) 昭和五二年七月一八日受付で根抵当権者を木津信用組合、極度額を三〇〇万円とする根抵当権設定登記が、(2) 同五四年八月二〇日受付で根抵当権者を大阪府中小企業信用保証協会、極度額を六〇〇万円とする根抵当権設定登記がそれぞれ経由され、その後、同五六年一〇月二七日受付で、(3)権利者を土屋喜代治、(4) 権利者を松井照彦、(5) 権利者を吉岡希一、(6) 権利者を益田旬保とする各根抵当権設定仮登記が、(7) 同年一一月六日受付で権利者を福田太基とする根抵当権設定仮登記がそれぞれ経由されていたが(ただし、第一審判決別紙物件目録記載二の土地については、(2)(5)を除く各登記は経由されていない。)、同月一三日に(6)の仮登記が、同五七年四月一四日に(3)(4)(7)の各仮登記が、同月二二日に(5)の仮登記がそれぞれ抹消され、更に、上告人は、同年一一月五日(1)の被担保債権元利金三二一万七七七五円を代位弁済し、同年一二月二日(1)の根抵当権設定登記の抹消登記手続をした。(五) 本件代物弁済予約及び譲渡担保契約当時における(1)(2)の被担保債権額はそれぞれ前示各極度額を下らないが、本件譲渡担保契約当時における(3)(4)(5)(7)の被担保債権額は明らかではなく、また、本件土地建物の価額は原審口頭弁論終結時において二〇〇〇万円を超えない。

原審は、右事実関係のもとにおいて、本件代物弁済予約及び譲渡担保契約は詐害行為として取消されるべきであるとした上、右予約等は本件土地建物を一括してその対象としたものであって不可分のものであるから、被上告人は右行為の全部について取消権を行使して現物返還を求めることができるとして、右予約等に係る前示所有権移転請求権仮登記及び所有権移転登記の抹消登記手続請求を認容した第一審判決を正当として控訴棄却の判決をした。

しかしながら、原審の右の詐害行為取消の範囲及び方法に係る判断は、是認することができない。抵当権の設定されている不動産について、当該抵当権者以外の者との間にされた代物弁済予約及び譲渡担保契約が詐害行為に該当する場合において、右不動産が不可分のものであって、当該詐害行為の後に弁済等によって右抵当権設定登記等が抹消されたようなときは、その取消は、右不動産の価額から右抵当権の被担保債権額を控除した残額の限度で価格による賠償を請求する方法によるべきである。けだし、詐害行為取消権は、債権者の共同担保を保全するため、詐害行為により逸出した財産を取り戻して債務者の一般財産を原状に回復させようとするものであるから、その取消は、本来、債務者の詐害行為により減少された財産の範囲にとどまるべきものであり、その方法は、逸出した財産自体の回復が可能である場合には、できるだけこれによるべきであるところ、詐害行為の目的不動産に抵当権が付着している場合には、その取消は、目的不動産の価額から右抵当権の被担保債権額を控除した残額の部分に限って許されるが、右の場合において、その目的不動産が不可分のものであって、付着していた抵当権の設定登記等が抹消されたようなときには、逸出した財産自体を原状のままに回復することが不可能若しく著しく困難であり、また、債務者及び債権者に不当に利益を与える結果になるから、このようなときには、逸出した財産自体の返還に代えてその価格による賠償を認めるほかないのである(最高裁昭和三〇年(オ)第二六〇号同三六年七月一九日大法廷判決・民集一五巻七号一八七五頁、同五三年(オ)第八〇九号同五四年一月二五日第一小法廷判決・民集三三巻一号一二頁参照)。

そうすると、前記事実関係のもとにおいては、詐害行為として取消されるべき本件代物弁済予約及び譲渡担保契約の目的不動産に右詐害行為当時根抵当権が付着し、その後、その設定登記等が抹消されているのであるから、価格賠償によるほかないのに、これと異なる見解に立って、本件土地建物の各価額、前示根抵当権者の被担保債権額等取消の範囲につき十分な審理を遂げることなく、本件代物弁済予約及び譲渡担保契約の全部の取消を認め、上告人に対し右土地建物の所有権移転請求権仮登記及び所有権移転登記の抹消登記手続を命じた原判決には、民法四二四条の解釈を誤った違法があるものというべきであり、この違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。そして、本件については、前示根抵当権の被担保債権額等につき更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官貞家克己)

上告代理人大川一夫の上告理由

原判決には以下に述べる通り法令の解釈を誤った違法がある。

一、原判決は、最高裁判所大法廷昭和三六年七月一九日判決と異なる判断を下し民法四二四条、同四二五条の解釈を誤まり詐害行為取消権行使による回復の範囲を誤った違法がある。

二、即ち原判決は、訴外角谷秀雄の所有していた八尾市高安町南六丁目二七番宅地、同所三二番宅地、同所二七番地建物(以下本件不動産という)に対し同人と上告人が代物弁済予約及び譲渡担保契約を締結したこと(以下本件法律行為という)が詐害行為に該るとして右本件法律行為を取消して現物回復を命じたものであるが、原判決も認めるように、本件不動産には本件法律行為以前には多数の担保権が付着しており、一般債権者の共同担保の目的としては担保価値の低いものであったところ、本件法律行為以後に上告人が代位弁済してその担保価値を増加させたものである。してみると、原判決のように現物回復を命ずるとなると、本件法律行為の取消によって本来の共同担保の目的でなかった部分まで回復させることになり、詐害行為取消の結果、従前よりも共同担保の目的が増加することになるのである。

原判決は右事実を是認するのであるが、これがいかに不合理であるかは具体的に数字をあてはめて例をとれば明らかである。

即ち、次のような例を考える。債務者Sの所有する物件の価格を金二〇〇一万円とし、この物件に抵当権者Tが金二〇〇〇万円の抵当権をつけているとする。Sには一般債権者Aがおり、AはSに対して金二〇〇〇万円の債権を有している、とする。Sには他に財産がないとすれば右物件の一般的担保価値は一万円にすぎず、Aにとって二〇〇〇万円は回収不能とあきらめざるをえないものである。

そのような状況下でSに対する金一万円の一般債権者Bが右物件に代物弁済予約をなし、Sの債務履行のないことから代物弁済をえて右物件がB名義になったところ、Bは自分のものになったからとTに金二〇〇〇万円を代位弁済して物件から抵当権を抹消したとする。

そのとたんAが「S→Bの代物弁済予約」を詐害行為として取消請求し、原判決のように現物回復が認められたとすると、何と、現物回復によってSには何の担保権も付着していない金二〇〇一万円の物件が戻ることになるのである。

その結果回収不能と考えていたAは予期に反して思わぬ回収が可能となり、逆に、Bは金二〇〇一万円出捐しているにもかかわらず何も手元には残らず仮に配当加入して右物件をA、Bで分け合うとしても金一〇〇〇万円丸損することは明らかなのである。

右の例がいかに不合理で不当で非常識であるかは明らかであろう。原判決はBは配当加入できるというのであるが、配当加入したとしても極めて不公平であることは具体的な数字をあてはめれば明らかである。原判決によれば以上の例も是認しなければならなくなるが、このような非常識な結果も是認しなければならないのは、原判決が詐害行為取消権の制度の解釈を誤った違法があるからなのである。

三、債権法は私的価値支配の法であり、契約自由の法である。従って行為能力を有するものが適法有効に契約をなしていったん私的価値支配をなした以上、その法律行為を取消されることは原則としてない。これが法の認めるところである。詐害行為取消権は右の原則に対する数少ない例外制度の一つであるが、この詐害行為取消権の制度が、責任保全の制度であることは今日の通説である。即ち、特別の担保を有しない一般債権者にとっては債務者の一般財産はその満足のための最後の堡塁である。従ってその一般財産(責任財産)が債務者によって不当に減少させられたときにまでこれを忍受しなければならないとするのは債権者平等原則、一般債権者の保護の観点からあまりにも公平さを欠く。そこで、一定の場合に減少した財産を元に戻させることにしたのが詐害行為取消権の制度であり、責任保全の制度といわれるゆえんなのである。ここで重要なのは、本制度はあくまで「責任財産」を保全する制度であること、しかも契約自由の原則に対する例外として認められた制度であるということである。即ち、原則はあくまで契約自由=債務者の財産減少行為自由であるところ、例外として一般債権者の引きあてたる責任財産についてのみその保全を認めたのである。

以上の制度趣旨からして詐害行為取消権の行使によって財産が回復させられるのは、債務者の詐害行為によって減少した責任財産の部分だけであって、それ以下でもなければそれ以上でもないことが導かれるのである。

四、以上述べてきたことから明らかなように原判決は、本件共同担保の目的でなかった部分の回復請求を認めることになるが、このことは、すでに述べてきたように、本来、詐害行為取消権の制度が、責任保全の制度であることを逸脱した違法のものである。第一項に引用した昭和三六年七月一九日最高裁大法廷判決も「債権者取消権は債権者の共同担保を保全する為、債務者の一般財産減少行為を取消し、これを返還させることを目的とするものであるから、右の取消は債務者の詐害行為により減少された財産の範囲にとどまるものと解すべきである。」と述べて抵当権の付着する不動産につき詐害行為となる場合に、その取消を家屋の価格から抵当債権額を控除した残額の部分に限って許しているのである。原判決は、右大法廷判決は「本件に適切ではなく」というが、詐害行為取消の範囲は減少された財産の範囲にとどまる、という法理自体は常に貫かれてしかるべきである。とすれば、原判決は、前記大法廷判決と異なる判断を下した違法があるといわざるをえない。

五、また原判決は抵当権付のままで不動産の現物回復を認めた最判昭和五四年一月二五日を引用して(尚、大判昭和九年一一月三〇日は営業用什器・諸材料及び営業権の移転行為であり本件とは事案が異なる)「詐害行為取消権は詐害行為により逸出した財産を取り戻して債務者の一般財産を原状に回復させようとするものであるから、逸出した財産自体の回復が可能である場合には、できるだけこれをみとめるべきである」と述べる。確かに右判例は、抵当権付のままで現物回復を認めたものであるが、しかしながらこれは、詐害行為後抵当権が消滅しなかった事案であって、つまり、詐害行為による責任財産減少と取消による責任財産回復の範囲が一致する場合なのである。

従って本件のように詐害行為後担保権が消滅した事案に引用するものには全く適切でない。

六、以上述べた理由により原判決はすみやかに破棄せられるべきである。

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